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プロ野球の歴史|1936年の職業野球連盟から2リーグ制・球界再編までの流れを年表で解説

プロ野球の歴史|1936年の職業野球連盟から2リーグ制・球界再編までの流れを年表で解説 球団・歴史・アマ野球
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プロ野球は、いつ始まり、どのように今の形になったのでしょうか。日本のプロ野球は、1936年に日本職業野球連盟が結成されたことで本格的に始まりました。それから約90年の間に、戦争による中断、2リーグ制への移行、ドラフト会議の導入、2004年の球界再編などを経て、現在の12球団体制になっています。

この記事では、1936年から現在までの流れを、年表と時代区分で整理します。球団ごとの歴史は別の記事で詳しく解説しているため、ここでは「リーグ全体の流れ」に絞って紹介します。球団の変遷を知りたい方は、プロ野球12球団の歴史早見表もあわせてどうぞ。

先に結論|プロ野球の歴史を4行で

  • 1934年に読売ジャイアンツの前身となる球団が作られ、1936年2月に日本職業野球連盟が7球団で結成された
  • 戦争の影響で1944年は試合数が減り、1945年は公式戦が行われなかった。公式戦は1946年に再開した
  • 1949年の分立を経て、1950年にセ・リーグ8球団、パ・リーグ7球団の2リーグ制が始まった
  • その後、ドラフト会議(1965年)、パ・リーグの指名打者制(1975年)、交流戦(2005年)、クライマックスシリーズなどが加わり、現在の形になった

年表|1934年から現在までのできごと

主なできごとを、年代順にまとめました。

年できごと
1934年大日本東京野球倶楽部(読売ジャイアンツの前身)が設立された
1936年2月日本職業野球連盟が結成された。東京巨人軍、大阪タイガース、東京セネタース、名古屋軍、大東京軍、名古屋金鯱軍、阪急軍の7球団でスタート
1936年最初のシーズンは、春・夏・秋の3つの期間に分けて行われ、順位がつけられたのは秋のみだった
1944年戦争の影響でシーズンが短縮され、試合数は約35試合になった
1945年公式戦が行われなかった
1946年公式戦が再開された
1949年パ・リーグ(11月26日)、セ・リーグ(12月15日)が結成された。日本野球機構(NPB)もこの年に設立された
1950年セ・リーグ8球団、パ・リーグ7球団の2リーグ制が始まった
1965年第1回ドラフト会議(新人選手選択会議)が開かれた(11月17日)
1973〜1982年パ・リーグが前期・後期の2シーズン制を採用した
1975年パ・リーグが指名打者(DH)制を採用した
2004年近鉄とオリックスが合併した。9月18日・19日に選手会がストライキを行い、23日に合意。パ・リーグがプレーオフを導入した
2005年東北楽天ゴールデンイーグルスが加わり、12球団体制になった。セ・パ交流戦が始まった
2007年セ・リーグでもクライマックスシリーズが始まった
プロ野球の主な節目(間隔は一定ではありません)1936職業野球連盟結成(7球団)1946公式戦再開19502リーグ制セ8・パ71965ドラフト会議の開始1975パ・リーグDH制の採用200512球団体制交流戦の開始2007セ・リーグもCSを開始
図:プロ野球の主な節目(1936年〜2007年)。

時代で分けて見る|4つの流れ

①黎明期(1934〜1945年)|職業野球の誕生と戦争

日本のプロ野球は、1934年に大日本東京野球倶楽部が作られたことから始まります。この球団が、後の読売ジャイアンツです。1936年2月には日本職業野球連盟が結成され、東京と大阪、名古屋を中心とする7球団が参加しました。

最初のシーズンは、春・夏・秋の3つの期間に分けて行われました。順位がつけられたのは秋のみで、今のような長い公式戦とは形が違います。その後、戦争の影響で1944年は試合数が約35試合に減り、1945年は公式戦が行われませんでした。

②再開と2リーグ制(1946〜1950年)

公式戦は1946年に再開しました。1949年にはパ・リーグとセ・リーグが結成され、1950年から2つのリーグで戦う形になっています。1950年のシーズンは、セ・リーグが8球団、パ・リーグが7球団で、あわせて15球団でした。セ・リーグとパ・リーグの違いは、プロ野球のセ・リーグとパ・リーグの違いで解説しています。

③制度が整う時代(1960〜70年代)

1965年には、第1回のドラフト会議が開かれました。背景には、契約金の高騰と、球団間の戦力格差の広がりがあったとされています。1964年に、当時の西鉄ライオンズの社長が、アメリカのNFLを参考にしたドラフト制を提案したと伝えられています。第1回では、読売ジャイアンツが堀内恒夫投手を1位で指名しました。

パ・リーグでは、1973年から1982年まで、シーズンを前期と後期に分ける方式が採られました。1975年には指名打者(DH)制も始まっています。ドラフト会議の流れはプロ野球のドラフト会議とはで詳しく紹介しています。

④球界再編と現在(2004年〜)

2004年には、近鉄とオリックスの合併が発表され、選手会が9月18日・19日にストライキを行いました。9月23日に合意に至り、12球団を保つために、東北楽天ゴールデンイーグルスが2005年から加わっています。同じ2005年には、セ・パ交流戦も始まりました。仕組みはプロ野球セ・パ交流戦とはにまとめています。

ポストシーズンの制度も変わりました。パ・リーグは2004年にプレーオフを導入し、セ・リーグでは2007年にクライマックスシリーズが始まっています。現在の流れはクライマックスシリーズの仕組みと日本シリーズ2026の見方で確認できます。

リーグ制と球団数の変化

年リーグ球団数
1936年日本職業野球連盟(1リーグ)7球団
1950年セ・リーグとパ・リーグ(2リーグ)セ8球団・パ7球団(計15球団)
2005年以降セ・リーグとパ・リーグ各6球団(計12球団)

球団ごとの歴史を知りたい方へ

この記事は、リーグ全体の流れを扱いました。各球団の親会社や本拠地、球団名の変遷は、次の記事で読めます。まず全体像をつかむなら、プロ野球12球団の歴史早見表が便利です。

歴史を知ると、観戦がおもしろくなるポイント

  • 球団名や本拠地が変わってきた背景が分かり、ユニフォームや球場の見え方が変わる
  • ドラフト会議、DH制、交流戦、クライマックスシリーズなど、今あたりまえの制度に、導入された理由があると分かる
  • 記録やタイトルが、どの時代の制度のもとで生まれたかを意識して見られる

記録や表彰に興味がある方は、NPBの表彰の選ばれ方や名球会・トリプルスリー・三冠王とはも参考になります。

歴史を読むときの用語メモ

用語意味
職業野球日本職業野球連盟の名前にあるように、戦前のプロ野球を指す言葉として使われた呼び方
日本野球機構(NPB)現在のプロ野球を運営する組織。1949年に設立され、2012年に一般社団法人へ移行した
2リーグ制セ・リーグとパ・リーグの2つのリーグでペナントレースを行う形。1950年に始まった
球界再編2004年の近鉄とオリックスの合併をきっかけに、球団数やリーグのあり方が議論された一連の動き

よくある質問

Q. 日本のプロ野球は、いつから始まったのですか。

1936年2月に日本職業野球連盟が結成され、同じ年から公式戦が行われました。その前の1934年に、読売ジャイアンツの前身である大日本東京野球倶楽部が作られています。

Q. 2リーグ制は、いつからですか。

1949年にパ・リーグとセ・リーグが結成され、1950年から2リーグ制でのシーズンが始まりました。

Q. ドラフト会議は、いつ始まりましたか。

第1回は1965年11月17日に開かれました。

Q. 今の12球団体制になったのは、いつですか。

2004年の球界再編を経て、東北楽天ゴールデンイーグルスが加わった2005年シーズンから、現在の12球団体制です。

まとめ|1936年から続く流れを知ろう

プロ野球の歴史は、1936年の日本職業野球連盟の結成から始まりました。戦争による中断、1950年の2リーグ制、1965年のドラフト会議、2004年の球界再編と、節目ごとに今の仕組みが整ってきました。歴史を知ると、観戦中に目にする制度や球団名の意味が、より分かりやすくなります。続けてプロ野球12球団の歴史早見表を読むと、球団ごとの流れもつかめます。

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