PR

福岡ソフトバンクホークスの歴史|南海・ダイエー・ソフトバンクと本拠地の変遷

福岡ソフトバンクホークスの歴史|南海・ダイエー・ソフトバンクと本拠地の変遷 球団・歴史・アマ野球
記事内に広告が含まれています。

福岡ソフトバンクホークスは、いまや福岡を代表する球団です。しかし、そのルーツは大阪の南海ホークスにあり、親会社も南海から近鉄、南海電気鉄道、ダイエー、ソフトバンクへと移り変わってきました。本拠地も、大阪から福岡へ引っ越しています。

この記事では、ソフトバンクの歴史を「球団名」「親会社・運営会社」「本拠地球場」の3つの流れで整理します。観戦前に読めば、みずほPayPayドーム福岡での一戦がより味わい深くなります。情報は2026年10月時点で公開されている資料をもとにしています。資料によって日付の表記が異なる部分があるため、細部は球団の公式サイトでもご確認ください。

先に結論|ソフトバンクの歴史を5行で

  • 球団の創設は1938年。南海鉄道を親会社とする「南海軍」が始まりです。
  • 球団名は、南海軍、近畿日本軍、グレートリング、南海ホークス(1947〜1988年)、福岡ダイエーホークス(1989〜2004年)を経て、2005年に福岡ソフトバンクホークスとなりました。
  • 親会社は、南海鉄道から近鉄、南海電気鉄道へ、1989年にダイエー、2005年にソフトバンクへ移りました。
  • 本拠地は、堺大浜球場、大阪球場を経て、1989年に福岡の平和台球場へ、1993年に福岡ドームへ移りました。
  • 福岡ドームが、現在の「みずほPayPayドーム福岡」です。

球団の歩み|大阪の南海軍から福岡の球団へ

1938年|南海軍の誕生

球団は1938年に創設されました。当時の親会社は南海鉄道で、運営会社は南海野球株式会社です。創設の日付は、資料によって2月22日とも3月1日とも書かれており、細かい点は資料で異なります。

1944年6月1日には、南海鉄道が近畿日本鉄道(近鉄)となったため、親会社も近鉄になり、球団名は「近畿日本軍」になりました。戦後の1946年6月1日には、事業が南海電気鉄道に譲渡され、親会社は南海電気鉄道へ移っています。

1947年|南海ホークスの時代

1946年には「グレートリング」という名称を経て、1947年6月1日から「南海ホークス」となりました。この名称は1988年まで、約40年続きます。大阪で親しまれた「南海ホークス」の名前は、ここで定着しました。

1988〜1989年|ダイエーへの譲渡と福岡への移転

1988年11月1日に、ダイエーへの売却に合意しました。翌1989年から親会社がダイエーとなり、球団名は「福岡ダイエーホークス」に変わりました。本拠地は大阪から福岡へ移り、福岡市の平和台球場が本拠地になりました。

2005年|ソフトバンクが親会社に

2005年、親会社がソフトバンクになり、球団名は「福岡ソフトバンクホークス」となりました。以後、現在までこの名称が続いています。

球団名の変遷(年表)

期間球団名ポイント
1938年秋〜1944年5月31日南海軍南海鉄道が親会社
1944年6月1日〜1945年近畿日本軍南海鉄道が近鉄となり、親会社も近鉄に
1946年〜1947年5月31日グレートリング戦後の名称
1947年6月1日〜1988年南海ホークス長く親しまれた名称
1989〜2004年福岡ダイエーホークス親会社がダイエーに。福岡へ移転
2005年〜現在福岡ソフトバンクホークス親会社がソフトバンクに

親会社と運営会社の変遷

年出来事
1938年親会社は南海鉄道。運営会社は南海野球株式会社
1944年6月1日南海鉄道が近畿日本鉄道となり、親会社も近鉄に
1946年6月1日南海電気鉄道へ事業が譲渡され、親会社は南海電気鉄道に
1988年11月1日ダイエーへの売却に合意
1989年親会社はダイエー。会社名は福岡ダイエーホークス
2005年親会社はソフトバンク

鉄道会社、スーパーマーケット、通信・IT企業と、時代を代表する企業が親会社になってきたのがソフトバンクの特徴です。親会社の移り変わりに合わせて、球団名もそのまま変わってきました。出資関係や会社名の細部は変わることがあるため、ここでは公開資料で確認できる大きな流れだけを紹介しています。

本拠地球場の変遷|大阪から福岡へ

期間球場メモ
1938年堺大浜球場(大阪府堺市)創設当初の本拠地
1950年〜1988年大阪球場(大阪スタヂアム)大阪・難波で長く使用
1989〜1992年平和台球場(福岡市)福岡移転後の最初の本拠地
1993年〜現在福岡ドーム(現みずほPayPayドーム福岡)福岡市中央区

福岡に移ってからは、まず平和台球場を使い、1993年にドーム球場の福岡ドームが本拠地になりました。現在の球場への行き方はみずほPayPayドーム福岡への行き方、球場の特徴は福岡PayPayドームの特徴とおすすめポイントで紹介しています。他球場との規模の比較は12球場の収容人数ランキングも参考になります。

3つの流れを年表で並べて見る

  • 1938年|南海軍が創設(親会社は南海鉄道、本拠地は堺大浜球場)
  • 1944年|近畿日本軍に(親会社が近鉄に)
  • 1947年|南海ホークスに改称
  • 1950年|大阪球場が本拠地に(〜1988年)
  • 1989年|福岡ダイエーホークスに。本拠地は平和台球場へ
  • 1993年|福岡ドームへ移転
  • 2005年|福岡ソフトバンクホークスに

並べてみると、1989年に親会社・球団名・本拠地が同時に変わったことがわかります。大阪から福岡へという大移動は、プロ野球の歴史の中でも大きな出来事でした。

歴史を知ると見えてくるソフトバンクの特徴

  • 大阪から福岡へ本拠地を移した:南海ホークス時代は大阪、ダイエー以降は福岡が本拠地です。
  • 親会社が何度も変わった:南海鉄道、近鉄、南海電気鉄道、ダイエー、ソフトバンクと続いてきました。
  • 球団名は「ホークス」が一貫している:親会社が変わっても、ホークスの名前は引き継がれています。

観戦前のチェックリスト

よくある質問

Q. ソフトバンクの前身の球団は?

A. 大阪の「南海ホークス」です。1989年に親会社がダイエーとなり福岡へ移転し、2005年にソフトバンクが親会社になりました。

Q. 福岡に移転したのはいつですか?

A. 1989年です。球団名は「福岡ダイエーホークス」となり、まず平和台球場を本拠地にしました。1993年には福岡ドームへ移っています。

Q. 球団の創設はいつですか?

A. 1938年に「南海軍」として創設されました。創設の日付は資料によって表記が異なります。

Q. 球場の名前はいつ変わったのですか?

A. 1993年に福岡ドームとして使われ始め、現在は「みずほPayPayドーム福岡」の名称です。球場名は命名権などの関係で変わることがあるため、最新の名称は公式サイトで確認してください。

なお、球団名の「ホークス」は、南海時代からダイエー、ソフトバンクの時代まで一貫して引き継がれてきました。親会社が変わっても愛称が受け継がれていることは、ファンの愛着の強さを示していると言えます。

まとめ

福岡ソフトバンクホークスは、1938年に大阪で南海軍として創設された球団です。親会社は南海鉄道から近鉄、南海電気鉄道、ダイエー、ソフトバンクへと移り、本拠地も堺、大阪、福岡と変わってきました。球団名・親会社・本拠地の3つを押さえると、福岡での観戦がより立体的に楽しめます。

この記事の年表は、NPB公式サイトの記録や、公開されている各種資料をもとに整理しています。資料によって細部の表記が異なる場合があるため、気になる点は球団公式サイトの沿革もあわせて確認してください。

コメント