横浜DeNAベイスターズは、1950年の「大洋ホエールズ」を出発点に、「横浜大洋ホエールズ」「横浜ベイスターズ」を経て、2012年から現在の名称になった球団です。親会社も大洋漁業からマルハ、TBS、そしてDeNAへと移り変わってきました。
この記事では、ベイスターズの歴史を「球団名」「親会社・運営会社」「本拠地球場」の3つの流れで整理します。観戦前に読めば、横浜スタジアムで見る一戦が味わい深くなります。情報は2026年10月時点で公開されている資料をもとにしています。親会社の動きは細かい日付が資料によって異なることがあるため、最新・正確な情報は球団の公式サイトでご確認ください。
先に結論|ベイスターズの歴史を5行で
- 球団のルーツは、1949年11月22日に設立された「株式会社まるは球団」で、親会社は大洋漁業です。
- 球団名は、大洋ホエールズ(1950年)、横浜大洋ホエールズ(1978年)、横浜ベイスターズ(1993年)、横浜DeNAベイスターズ(2012年)と変わりました。
- 親会社は、大洋漁業からマルハ(1993年)、TBS(2002年に全株式を譲渡)を経て、2012年にDeNAになりました。
- 本拠地は、山口県下関市を中心とした時期、川崎球場(1955〜1977年)を経て、1978年から横浜スタジアムです。
- 1953〜1954年には、松竹との合併による「大洋松竹ロビンス」の時期もありました。
球団の歩み|大洋漁業のチームから横浜の球団へ
1949〜1954年|まるは球団から大洋ホエールズへ
球団の源流は、1929年に山口県下関市で林兼商店の実業団チームとして創立されたチームだとされています。のちに大洋漁業となる会社のチームです。1949年11月22日に「株式会社まるは球団」を設立し、セ・リーグに加盟しました。
1950年3月に株式会社大洋球団と改称し、球団名は「大洋ホエールズ」になります。1953年12月には大洋球団と松竹球団が新設合併して株式会社大洋松竹球団となり、球団名は「大洋松竹ロビンス」(1953〜1954年)になりました。1954年12月には松竹が経営から撤退し、中部謙吉がオーナーに就任しています。
1978年|横浜へ移転
1978年、本拠地を横浜スタジアムに移し、球団名は「横浜大洋ホエールズ」になりました。この移転で、川崎から横浜へと本拠地が変わり、現在の「横浜」の球団というイメージが生まれました。
球団名の変遷(年表)
| 期間 | 球団名 | ポイント |
|---|---|---|
| 1950〜1952年 | 大洋ホエールズ | 下関市営球場を中心に使用 |
| 1953〜1954年 | 大洋松竹ロビンス | 大洋と松竹の合併球団 |
| 1955〜1977年 | 大洋ホエールズ | 川崎球場が本拠地 |
| 1978〜1992年 | 横浜大洋ホエールズ | 横浜スタジアムに移転 |
| 1993〜2011年 | 横浜ベイスターズ | 親会社がマルハに |
| 2012年〜現在 | 横浜DeNAベイスターズ | 親会社がDeNAに |
球団名が、親会社の変化や本拠地の移転と連動していることが、ベイスターズの歴史の特徴です。名称だけを見ても、いつ何が変わったのかが読み取れます。
親会社と運営会社の変遷
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1949年11月 | 株式会社まるは球団を設立(親会社は大洋漁業) |
| 1950年3月 | 株式会社大洋球団に改称 |
| 1953年12月16日 | 大洋球団と松竹球団が合併し、株式会社大洋松竹球団に |
| 1954年12月 | 松竹が経営から撤退し、中部謙吉がオーナーに就任 |
| 1969年 | 国土計画が出資(大洋漁業55%、国土計画45%) |
| 1978年頃 | 大洋漁業55%、ニッポン放送30%、TBS15%の構成に |
| 1993年4月1日 | 親会社が大洋漁業からマルハに。株式会社横浜ベイスターズに改称 |
| 2002年1月31日 | マルハの全株式がTBSとBS-iに売却され、TBS社長がオーナーに |
| 2011年オフ | TBSが球団運営から撤退 |
| 2012年 | 親会社がDeNAに |
ベイスターズは、漁業会社、鉄道・不動産系の企業、放送局、IT企業と、親会社の顔ぶれが大きく変わってきた球団です。特に2011年オフから2012年にかけて、TBSからDeNAへと運営が移った出来事は、近年のプロ野球の大きな動きの一つです。出資比率や運営体制は時期によって変わっているため、ここでは公開資料で確認できる範囲の流れだけを紹介しています。
本拠地球場の変遷|下関、川崎、そして横浜へ
| 期間 | 球場 | メモ |
|---|---|---|
| 1949〜1954年 | 下関市営球場(山口県下関市) | 地方球場や大阪球場などでも試合を行った |
| 1955〜1977年 | 川崎球場(神奈川県川崎市) | 1955年には横浜公園平和野球場への移転も決まったが、川崎球場が使用された |
| 1978年〜現在 | 横浜スタジアム(横浜市中区) | 横浜に本拠地を移す |
現在の横浜スタジアムは、横浜スタジアムの特徴とおすすめポイントや横浜スタジアムのグルメガイドで詳しく紹介しています。他球場との規模の比較は12球場の収容人数ランキングを見ると、ハマスタの大きさがよくわかります。
3つの流れを年表で並べて見る
- 1949年|まるは球団を設立し、セ・リーグに加盟
- 1950年|大洋ホエールズ(大洋球団)
- 1953年|大洋松竹ロビンス(合併球団)
- 1955年|大洋ホエールズに戻り、川崎球場を本拠地に
- 1978年|横浜スタジアムへ移転し、横浜大洋ホエールズに
- 1993年|横浜ベイスターズ(親会社がマルハに)
- 2002年|TBSが全株式を取得
- 2012年|横浜DeNAベイスターズ
この年表を眺めると、球団名・親会社・本拠地のうち、親会社が最も多く変わり、本拠地は下関、川崎、横浜と3段階で動いたことがわかります。横浜に定着したのは1978年からで、約半世紀近く横浜スタジアムを本拠地にしています。
歴史を知ると見えてくるベイスターズの特徴
- 親会社の移り変わりが多い:大洋漁業、マルハ、TBS、DeNAと、企業の枠組みが大きく変わりました。
- 本拠地は3つの都市:山口県の下関、神奈川県の川崎、そして横浜へ。
- 球団名にも歴史が刻まれている:大洋、横浜大洋、ベイスターズ、DeNAと、その時代を映した名前になっています。
観戦前のチェックリスト
- 球場の特徴と見どころを確認する(横浜スタジアムの特徴とおすすめポイント)
- 球場グルメを下調べする(横浜スタジアムのグルメガイド)
- 他球場との規模を比べる(12球場の収容人数ランキング)
- 球団名や親会社、球場の最新情報は公式サイトで確認する
よくある質問
Q. ベイスターズの親会社はどこですか?
A. 現在はDeNAです。2011年オフにTBSが球団運営から撤退し、2012年からDeNAが親会社になりました。
Q. 川崎球場が本拠地だったのはいつですか?
A. 1955〜1977年です。1978年から横浜スタジアムが本拠地になっています。
Q. 「大洋松竹ロビンス」とは何ですか?
A. 1953年12月に大洋球団と松竹球団が合併してできた球団です。NPB公式の球団名の記録では、1953〜1954年の名称とされています。1954年12月には松竹が経営から撤退しました。
歴史を知るときの注意として、親会社の出資比率や就任した人物の肩書きは、時期によって細かく変わります。この記事では大きな流れを重視して整理しました。観戦のときは、現在の球団名や運営情報を公式サイトで確認しつつ、変遷の背景を思い出してみてください。
まとめ
横浜DeNAベイスターズは、1949年11月に設立された「まるは球団」にルーツを持ち、大洋ホエールズ、横浜大洋ホエールズ、横浜ベイスターズと変わって、2012年から現在の名称になりました。親会社は大洋漁業、マルハ、TBS、DeNAと変わり、本拠地は下関、川崎を経て、1978年から横浜スタジアムです。
この記事の年表は、NPB公式サイトの記録や、公開されている各種資料をもとに整理しています。資料によって細部の表記が異なる場合があるため、気になる点は球団公式サイトの沿革もあわせて確認してください。


コメント